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慎重な私の選択

That's news to me

安全管理の重要性。『確認不足』は『管理不足』のこともある。

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失敗したときに失敗した本人が悪者にされるケースって結構見られるのではないでしょうか。『もっと気をつけて』『よく確認して』等、失敗の原因が注意不足や確認不足とされる場合です。こういった失敗は管理する側で防げることも多いのです。

人間の注意力は長続きしません。『同じ所をずっと見続けて』と言われてもすぐに別なところが気になってしまい、同じところを見続けることは難しいと思います。確認も同様です。ちょっと注意をひくものが他にあったり、ちょっとくらい大丈夫だろうとやるべきことを省略したときに確認がおろそかになることはよくあります。注意不足と確認不足はどうしてもなってしまうんですね。ですので注意不足や確認不足になっても大丈夫なようにしておかなければ安全には不安が残ることになります。

例え話ですが、もしみなさんの大切な人が仕事中に大怪我をしてしまったらどうでしょう。急に連絡が来て病院へ駆けつけます。病室には腕に包帯をした大切な人が横になっていました。大切な人の職場の人が話します。『腕を機械に巻き込まれてしまいました。いつも機械に手を入れないようにと注意しているのですが。申し訳ありません。』

みなさんはどう感じるでしょうか。

『いつも注意されているのに手を入れてしまった私の大切な人が悪いんだ。』となるでしょうか。なることもあるかもしれませんが、怒りの矛先は管理側にいくのではないでしょうか。手が入らないようにしてあれば手が巻き込まれることはないのです。

安全は本人の意識ももちろん大切ですが、不注意や確認不足は必ずありますので、それを見越して管理する側で防ぐことはとても重要なのです。

作業をするうえでのルールもたくさんあると思います。そのルールは作業がやりにくくなったり、わずらわしいものが多いかもしれません。しかし、そのルールは『怪我や病気にならないように』もしくは『怪我や病気が発生した教訓』からつくられています。せっかく管理されていてもルールを守らなければ怪我や病気につながります。全部を管理側のせいにするのではなく自分自信も安全のためにルールを守らなければなりません。ただ、『危ないから気をつけて』と言う前に、管理する側がやらなければならないことは多いと思います。